コラムレポート

M号元年 怪物が手にしたものと河南の準優勝 第63回全国高校軟式野球選手権大会を振り返って

コラム

第63回全国高校軟式野球選手権大会は、中京学院大中京(岐阜/東海)の大会連覇で幕を降ろした。

平成最後の全国選手権、軟式球がA号からM号に規格変更されて初めての全国選手権となった今大会を振り返る。

第63回全国高校軟式野球選手権大会 全試合結果

回戦 日程
会場
試合
1回戦 2018年8月24日
明石トーカロ
作新学院 1-2 河南 [レポート]
2018年8月24日
ウインク球場
上田西 1-0 筑陽学園
2018年8月25日
明石トーカロ
能代 1-2 篠山鳳鳴
(延長13回タイブレーク)
2018年8月25日
ウインク
登別明日 2-7 広島新庄 [レポート]
2018年8月25日
明石トーカロ
慶応 2-1 開新
(延長10回)
2018年8月25日
明石トーカロ
中京学院大中京 6-0 井原
2018年8月25日
ウインク
仙台商 1-3 天理(延長15回) [レポート]
2018年8月25日
ウインク
早稲田実 5-1 松山商 [レポート]
2回戦 2018年8月26日
ウインク
河南 2-0 篠山鳳鳴 [レポート]
2018年8月26日
明石トーカロ
上田西 9-3 広島新庄
2018年8月26日
ウインク
慶応 0-5 中京学院大中京 [レポート]
2018年8月26日
明石トーカロ
天理 6-3 早稲田実
準決勝 2018年8月28日
明石トーカロ
河南 2-0 上田西
2018年8月28日
明石トーカロ
中京学院大中京 4-0 天理
決勝 2018年8月29日
明石トーカロ
河南 0-3 中京学院大中京
(中京学院大中京は2年連続9度目の優勝)

中京院中京佐伯が手にしたもの

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史上初の2年連続全試合無失点優勝の偉業を達成した中京学院大中京の佐伯

昨年の夏の全国制覇から1年間、襲いかかる重圧は勿論、多くのものと戦い、そして打ち勝つことによって、佐伯は真の怪物になった。

「エースで大会連覇」を狙えるのは全国でただ一人、その孤独とプレッシャーを私たちは想像することができない。

全国の頂点に立ってから、エースは燃え尽きてしまった時期もあったそうだ。チームメイトの不甲斐なさに意見をぶつけた。M号球への対応にも苦戦した。そして、夏の予選を1ヶ月前に控えたタイミングで腰の疲労骨折…。神はどこまでも佐伯に試練を与えた。

それでもエースは夏の大会に間に合わせた。大会中の記事で「三振数が物足りない」と書いたが、後にそれは、三振を「敢えて取らなかった」ということを知った。「できればすべて三振で相手をねじ伏せたい」それが可能なことは、昨年の全国で証明している。しかし怪我明けの本調子ではない身体で、自分を最大限に活かしてチームの目標を達成するためにできる最善の投球を考え、行き着いたのが、今大会の投球だった。

器用さも兼ね備える佐伯は、投球スタイルを変えてチームの連覇に徹した。実力も織り込み済み、昨夏優勝したというプライドもあるだろう高校3年生が、普通、そんなにも割り切った決断を行えるだろうか。

果たして佐伯は「チームで勝つ喜び」を知った。これが佐伯という選手にとって、連覇以上に価値のあることだったのではないか。60年以上の高校軟式の歴史の中で史上初めて達成した2年連続無失点優勝という偉業よりも、佐伯はこの夏、もっと大切なものを手にした。

目先の目標はエースで4冠(2年連続の選手権・国体2冠)。その先には、一緒に戦った仲間、相手選手、支えた関係者、ファン…。みんなの思いを乗せた「プロ入り」という夢が続く。

河南の躍進 伝統×新しい力による必然の準優勝

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4度目の全国選手権での初勝利から一気に準優勝まで駆け上がった河南

大阪の南部・南河内地域の富田林市にある府立高校、河南が全国準優勝を達成した。一部では「公立の星」「軟式の金農」と言われているらしい。

しかし硬式と軟式とでは「公立」の持つ意味合いが少し違う。軟式の場合、強豪と言われる私立であっても、ほぼ地元の選手だけでチームを構成することが圧倒的に多い。

大きく差が出てくるのは「時間と環境」だが、それは公立・私立の問題というよりかは、その学校がどれだけ軟式野球部に理解があるか、チームの方針、過去に実績があるか、というところが大きい。

私立でも校庭の片隅しか割り当てられず、外野ノックができない学校もあれば、公立であっても軟式の専用球場がある学校もあると聞く。

しかし、データを見る限り、やはり私立が上位に進出する傾向は強いようだ。公立校が決勝戦に進出したのは、第60回大会(2015)の能代(秋田県立、準優勝)以来、3年ぶり。

そこから遡ると、第58回の横浜修悠館(神奈川県立、優勝)、第55回の能代(優勝)。過去10年で決勝に進出した公立校は僅かに2校のみ。

横浜修悠館は通信制高校で陸上自衛隊高等工科学校の生徒が横浜修悠館の名前でクラブ活動を行っており、能代は軟式の伝統校で過去に2度全国選手権優勝を果たしている。

そんな中、全日制普通科で、これまで全国で1勝もできなかった学校の活躍は、全国の公立校にとって大きな刺激と勇気になったことは間違いない。

2年前のチームは全国でも上位に行ける雰囲気と実力があると感じていた。しかし、初戦で全国の雰囲気に飲まれ、河南らしさを出せないまま明石を去った。その悔しさを1年生で味わったのが今年の3年生。主将の宇地井とセンターを守った塔本は、2年前に1年生ながらベンチ入りを果たしており、最も近い場所で先輩が流す涙を見ていた。

筆者がここ数年見てきて感じた「河南らしさ」とは「メリハリ」であり、その明るいチームカラーでいい意味で「調子に乗れる」こと。

そして長打はなくとも、積極的なスイングで、上位から下位までどこからでもチャンスメイクができる攻撃。それはおそらく河南の伝統として受け継がれているものだと思われる。

そこに今年は2年生の冷静沈着なエース山岸や、それを支える大胆な「考えるリード」ができる仲村がいた。伝統と新しい力が合わさったことで、河南の歴史は動かされた。

バッテリーをはじめ、大会中にスタメンの座を勝ち取った岡、14番を付けながらサードを守った射場本などの2年生が新チームの主軸を担う。決勝後、「来年、またここに帰ってくる」と誓った山岸の言葉は、この夏に見せれくれた投球同様に頼もしかった。追われる立場として新しい挑戦が始まる。

M号球元年の全国大会

「より硬式球に近づく」という触れ込みで12年ぶりに規格が変更され登場したM号球。「打者有利」とも囁かれたが、果たしてその結果は、数字的にはどうだったのか。

今大会の総得点は72点。昨年(第62回大会)は56。一昨年(第61回大会)は67。

大会 決勝スコア 総得点 3得点以上の試合 数完封試合数
第63回(2018) 中京学院大中京 3-0 河南 72 8 7
第62回(2017) 中京学院大中京 1-0 茗溪学園 56 8 9
第61回(2016) 天理 5-0 早大学院 63 8 6
第60回(2015) 作新学院 2-0 能代 56 7 9
第59回(2014) 中京 2-0 三浦学苑 63 7 5
第58回(2013) 横浜修悠館 3-2 新田 56 6 8
第57回(2012) 中京 2-1 文徳 66 9 8
第56回(2011) 中京 2-1 作新学院 73 10 8
第55回(2010) 能代 2-1 新田 63 5 6
第54回(2009) 作新学院 3-1 名城大附 62 10 9

今年は過去10大会で2番目に多い72得点が記録された。一方で3点以上入った試合が8、完封ゲームが7という数字は例年並みで、このことから「攻撃有利に振れた」とは判断できない。

しかし、優勝した中京学院大中京が見せた一気呵成の集中打にはじまり、上田西、広島新庄、早稲田実など、今大会はビッグイニングの試合が散見された。「油断をしたらやられる、ここぞの集中で試合を一気に決める」ギリギリの勝負。「やるか、やられるか」という紙一重の高校軟式の新しい魅力を感じた。M号球によって高校軟式にもたらされた変化が明らかになるのには、もう少し時間がかかりそうだ。

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